2012.01.01

迎春

Oseti2

 妻の恐るべきおせち。


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2011.12.18

あなたのたい焼きはまちがえている

 

あなたは、この世界の成り立ちに、ふと疑問を感じたことはないだろうか?

 

それは多くの場合、最初はごく小さい違和感に過ぎない。
靴の中に、砂が一粒紛れ込んだようなものだ。若干気になりはするが、歩きにくいといったようなしろものではない。
ほかのひとも気にしている様子はない。
きっとどうでもいいことなのだ。いずれ慣れて忘れるだろう。
あなたはそう考える。

 

実際、慣れて、忘れてしまうことも多い。
それがとりもなおさず、成長というものだ、というひともいる。

 

が、忘れられないことも少しはある。
いつまで経っても慣れはせず、靴の中の一粒の砂はいつか角のある小石となって、あなたのかかとを傷つける。

それでもあなたは歩いて行く。
いつかかかとは板のように固くなる。
小石があなたのかかとを傷つけることはもうない。
でも、小石はいまもそこにある。

 

それが良いことなのか悪いことなのか、ぼくにはまだよくわからない。
たぶんずっとわからないのだろう。

 

だがふと足をとめ、道の端っこに移動して、靴の中から小石を出して、まじまじと眺めてみる、というのもひとつの方法だ。
後からきた人には追い越される。
どうせ歩いて行く限り、またいつか小石は紛れ込む。きりはない。
だが、小石のむこうに、ある世界とあり得べき世界を並べて眺めてみるのも、たまにはいいのではないかとぼくは思う。

 

だから、ぼくも言ってみよう。
正しいことなのかどうか、わからないけれど。

 
 
 
 

薄皮たいやきは間違えている

 

 

 

 

わが家の最寄りのたい焼き屋は薄皮たい焼きだ。
会社の近所にたい焼きの名店があるときいて、わざわざ電車にのって出かけた先も、薄皮だった。

 

たしかにあんこは嬉しい。
たい焼きの肝はあんこだ、という見解に異を唱えるつもりはない。
皮ばっかりのたい焼きだったら悲しい。
あんこを楽しみに食い進み、しかしどこまで行っても皮ばっかりだったら、大の大人が膝から崩れ落ちるだろう。
失われた夢を思い、徒労と化した道程を振り返り、頬を滂沱と流れるものをとめるすべはないだろう。
あんこはわれらの見果てぬ夢だ。
手の届く星だ。

 

ならばあんこを主役にしたら?
あんこをもっと全面に押し出したら?
そう考えるひとがいても不思議はない。
そしてそれが多くに受け入れられたからこそ、薄皮たい焼きが世界を席巻しているのだろう。

 

 

だが、それは本当に正しいのだろうか?

 

 

たとえばおにぎり。
おにぎりだって、どこまで行ってもずっとおにぎりだったら、ちょっと悲しい。
やっぱり種に梅干しとか、たらことか、塩じゃけとか、のりの佃煮とか入っていてほしい。
種はおにぎりの楽しみなのだ。

 

だからといって、薄皮おにぎりはうまいだろうか?
巨大な梅干しのまわりに、ご飯粒がくっついているシロモノを、あなたはおにぎりと呼べるだろうか? 
遠足に行って、山の上で友達と輪になって、持ち重りのする竹の皮の包みをわくわくと開いたら、たらこに米粒をまぶしたものが出てきたら、あなたは盗んだバイクで走り出したりしないだろうか?

 

寿司。
ネタが主役に決まっている。そこに疑問の余地はない。
ハマチ、アオリイカ、中トロ、甘エビ。
普通はそういう注文の仕方をする。
ハマチとシャリください、なんていう人はいない。

かといって、「へい、ハマチおまちっ!」って、ぺちゃってハマチだけ出てきたら、あなたは冷静でいられるだろうか? 
魚の名前がいっぱい書いてある湯のみをわしづかみにして一気飲みするなどの自傷行為に走らない自信があるだろうか? 
ハマチが美味いかまずいかという問題ではないのだ。それはどんなにうまくても寿司ではない。
刺身だ。

 

肉まん。
肉がなかったら肉まんじゃない。
当たり前だ。
肉は肉まんを肉まんたらしめる精髄であり、錬金術で言うエクルシールである。
では、薄皮肉まんはありだろうか?
いっそ皮のない肉まんはどうだろうか?
それは肉まんじゃない。
肉だ。

 

メロンパン。
全部メロンだったらメロンパンではない。
メロンだ。

 

わかってもらえただろうか?
あんこが食いたいなら、あんこを焼いて食えばいいじゃないか。
食べにくい?
ではソフトクリームみたいに、コーンカップにとぐろを巻いてもってはどうだろう?
カラフルなチョコチップをトッピングしたりすると、おしゃれな感じになるだろう。
それをぺろぺろ食いながら、表参道でもどこでも歩けばいいだろチクショー。

 

 

・・・・失礼した。
ぼくが言いたいのは、たい焼きにはもう少し、皮とあんこのバランスに、選択肢があってもいいのではないかということだ。ピザだってクリスピータイプとパンタイプがあるじゃないか。
別の言い方をすれば、ぼくは皮の厚いたい焼きが食わせろ。じゃなくて、食いたい。
あんこの入ってない尻尾は決して蛇足じゃない。あんこの入ってない尻尾には、あんこの入ってない尻尾の役割というものがあるのだ。
たい焼き界の偉い人にぜひここを理解していただきたい。

 

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2011.12.10

成長とようかん

 ぼくは1月生まれなので、もうすぐひとつ歳を重ねることになる。

 

 来年いくつになるんだっけ、と妻に確認してびっくりした(家計とぼくの歳の管理は妻の担当)。こないだ生まれたと思ってたのに、もうそんなになるのか。そろそろ人間飽きても不思議はないな。

 

 人間も小さいうちは、歳をとることで、毛が生えたり、カステラの入っている上の戸棚に手が届くようになったり、エロ本を買えるようになったり、いろいろいいことがあった。
 が、人間も数十年やっていると、歳を重ねることで、毛が抜けたり、カステラ盗み食いすると血液検査の中性脂肪の項目に悪影響を及ぼしたり、エロ本買うと妻にばれたりする。最後のは歳と関係ない気もするが、基本的にはろくでもないことが多く、何がめでたいんだと思っていた。

 

 が、人間というのはこれでどうしてなかなかよくできていて、いくつになっても、かつてできなかったことができるようになったりするものだ。自分でもびっくりしたのだが。

 

 おかーさん、ぼく、あんこが食べれるようになったよ!

 

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 ぼくは子供のころ、というかつい最近まで、アズキ(小豆)が食べられなかったのだ。鼻に入れたら取れなくなったとか、アズキをぶつけられていじめられたとか、そういうトラウマ的なアレがあったわけではないのだが、あの粉っぽい感じが苦手で、ずっと目の敵にしていた。

 

 日本で暮らしてアズキが嫌いだと、けっこう世間が狭くなる。あんこ系が全部ダメなので、和菓子はアウト。まんじゅう、団子、ようかん、あんみつ、たい焼き、今川焼きなんかは基本的に全滅だ。汁粉とかおはぎなんかもだめ。赤飯なんかもおこわ系が好きなだけにつらかった。アズキをひとつひとつ拾ってよけないと食えないのだ(よけて食ったけど)。実は「あんかけ」系も敬遠していたのだけれど、こちらは勘違いだということに比較的早くに気づいた。

 

 で、アズキとぼくは違う世界の住人、運命がふたりを引き離し、二度とは会えない運命、そう思い定めて生きてきたのだけれど、最近、なんかの席で赤飯が出てきて、いい年してちまちまアズキをよけるわけにもいかないなと、思い切って一緒に食ってみたら、これがまあ、平気だったのだ。つーか、美味いじゃん。おれ、何がイヤだったんだろう?
 赤飯がまるごと食える嬉しさがわかるだろうか? ぶどうの種ありと種なしみたいなもんだろうか?

 

 で、それをきっかけに、濃いお茶で妻の作った羊羹食ってみたら美味かったり、生まれて初めてつぶあんの今川焼きを買ってみたら(いままではカスタードクリームだった)、いきずりの寒空の街角で焼きたての今川焼き買ってそこのベンチでほおばるなら、熱々のつぶあん以外に何を選べというのか、と天に叫びたくなるという、我ながらさわやかなくらい潔い転向ぶり。ようこそアズキワールドへ。不倶戴天の強敵、と思い詰めていただけに、味方となれば心強い。「隠し砦の三悪人」「ドラゴンボール」なみのびっくり展開だった。

 

 根拠があるわけではないが、これはきっと年齢と経験による変化のひとつなんだろうとぼくは思っている。かつてできなかったことができるようになったのだから、これは成長と呼んで差し支えあるまい。

  

 村上春樹が、「ビリー・ホリディがどれほど素晴らしい歌手かということをほんとうに知ったのは、もっと年をとってからだった」(ポートレイト・イン・ジャズ)と書いているけれど、ぼくにも似たようなことが起きたわけだ。だとすればこれからも、歳をとるにしたがってそういうことが起きるかもしれない。いままで苦手だったものが好きになるかもしれないし、いままでできなかったことができるようになるかもしれない。ひょっとしたら、機関車トーマスが怖くなくなったり、抜け毛が好きになったり、いきなりわけもなく金持ちになったり、うはうはにもてるようになったりするかもしれないではないか。

 

 そう思うと、歳を重ねるのも、悪いことばかりではないかもしれない。

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2011.11.16

修羅とマカロン

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妻が修羅のようにマカロンを作ってる。

 

ご存知の方も多いと思うが、マカロンというのは卵となんか変な粉をまぜて焼いて作るフランスの甘い菓子である。彼の地では、将来を誓った男女が結婚式でマカロンを投げ合って、血がいっぱい出たほうが負けという風習があるそうだが、本当かどうかはよく知らない。


踏んづけたピンポン玉みたいのを2つ作って、間にジャムとかクリームとかを挟む。ケーキなんかに比べるとシンプルな形だ。作るのも簡単そうに見えるが、実はたいへん奥が深いらしい。
味はもちろん、湿気た煎餅みたいな妙な歯ごたえとか、色とか、形とか、足(?)とか、ヒビ入っちゃ駄目とか、もうちょっとツヤがほしいとか、サクサクすぎてもつまらないとか、いろいろとレギュレーションがあるらしい。
形なんか食っちゃえばいっしょだと思うのだが、妻にとってのお菓子は総合芸術なので、妥協は許されないのだ。

 

妻はたいていのお菓子はそれなりに作っちゃうので、うまくいかないマカロンはかえって燃えるらしい。日がな一日キッチンから、ドリルの回転音やものの焼き焦げる匂いに混じって、悲鳴とか唸り声とか舌打ちが聞こえてくるので怖くて近寄れなかったのだけれど、日が落ちてから通りかかったら、マカロンの部品(マカロンコックというらしい)が山盛りになってて、大変怖かった。ぎゃー。

 

しかもそれがすべて失敗作だという。
こりゃ、当分夕飯はマカロンだな。マカロン丼にマカロンの塩焼き、マカロンの煮物にマカロンのおひたし、マカロン味噌汁に、食後のデザートにマカロン・・・と思ってげんなりしていたら、妻がラスク(?)にしちゃおうと言い出して、失敗マカロンをもう一度オーブンに入れた。

 

で、できたのがこれ。

 

Kogasimakaron


 

・・・・

 

なんかクッキーみたいだな。
香ばしい匂いがするぞ。


ちょっとかじってみる。

 

・・・・

 

なにこれ。

 

うまい。



おい、これ、マカロンよりうまいぞ。
あれは甘いばかりだけど、これはほんのり苦く、ほんのり甘い。
なんか味に芯がある感じ。
砂糖とキャラメルの違いだ。
しかも、この妙に力強い歯ごたえがなんとも。


いいよ、これ。
焦がしマカロンと名付けよう。
マカロンみんな焦がそう。


って言ったら、妻が怒った。

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2011.10.24

水辺のジェダイ

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 フライ・フィッシングは騙そうとする人間と、騙されまいとする魚の知恵比べだ。人間が上手なら魚が釣れるし、魚のほうが賢明ならどこかのおっさんが河原で癇癪を起こす。

 

 こういう変な釣りをいつ、誰が発明したのか知らないが、東西の暇人たちが、少なくとも数世紀にわたって、魚を騙す数々のテクニックを編み出してきた。手口には名前のついているものも多い。いわく、ドライフライ、ウェット、アウトリガー、ルースニング、スペイキャスト、ギャラクティカマグナム、エトセトラ。

 

 で、この釣りが面白いのが、そういう数々の戦術、戦略、手法、テクニックが、ちっとも完璧ではないところだ。時と場所が変われば、釣れない。魚が見えていても釣れない。なんか盛んに食ってても釣れない。隣のやつがばかすか釣ってても釣れない。
 いま、この場所で、どうすれば釣れるのか。 季節は? 水量は? 水温は? 風向きは? 天候は? 日の位置は? 星座の位置は? 血液型は? ラッキーカラーは? 妄想力を総動員して釣れる方法を見つけ出す。それがフライフィッシングの醍醐味の一つだ。
 その結果、新しいテクニックが発明されることだってある。

 

 北海道の川に、アメマスという魚がいる。

 

 この魚、潜水艦みたいに川底にべったり張り付く悪い癖がある。フライを思い切り沈めてやらないと魚に届かないのだけれど、沈めたフライは見えないから、ラインの途中につけたインジケーターの動きで、魚がフライをくわえた手応え(魚信=アタリ)を取る釣りになる。アタリの瞬間に竿をあおり(アワセという)、フッキングがうまくいけば魚が釣れるわけだが、魚だって釣られるのが好きというわけではないから、そう簡単にはいかないのだ。

 

 どうしたらこの魚がいっぱい釣れるか。世界中を釣り歩いたフライの先輩に相談したときのこと。ちなみにこの人はアメマスもスペシャリストで、川のどこにポイントがあり、どの淵はどのくらいの深さで、底がどんな広がり方をしているのかまで知っている。ひょっとしたらアメマスなのかもしれない。 

先輩 「この時期のアメマスは、正しいフライを顔の前に誘導してやれば、かなりの確率で食ってくる。だが、おかしいと思うと、さっさと吐き出してしまうのだよ。年季の入った大きな魚ほど、その傾向が強い」

ぼく 「なるほど」

先輩 「魚は深い位置にいるから、水面のインジケーターに魚の動きが伝わるまでに若干のタイムラグがある。アタリが出たときには手遅れなのだ」

ぼく 「それはやっかいですな。どうしたらよいのでしょうか」

先輩 「アタリが出てからアワセても遅いのだ。アタリが出る前にアワセるしかない」

ぼく 「・・・は?」

先輩 「だからアタリが出る前にアワセるのだ」

ぼく 「・・・どうやって?」

先輩 「・・・」

ぼく 「・・・」

先輩 「・・・フォースを使え、ルーク」

ぼく 「・・・」

先輩 「自分を信じるのだ」

ぼく 「・・・あんた誰ですか?」



かくしてここに新しいフライフィッシングの戦略が誕生した。

 

河底にターゲットとなる魚影を確認したら、心眼をもって、見えぬフライを魚の前に送るべし。見えぬ魚が身を翻し、フライをくわえたその刹那。わが無想のライトセーバー、4ピース8番のカーボンロッドが、大気の精シルフィードと水の精ウンディーネに導かれ、疾風の一撃をラインに伝える。
日輪がひらめき、水柱とともに大いなる龍が姿を現すだろう。
これぞ東洋の神秘。
フォースの釣り。

 

もちろんフォースをマスターするには、長く辛い修行が必要だ。
しかし。
人間、やろうと思ってできないことはそうはない。
ダイエットだってやろうと思えばできるのだ。

 

かくして。

 

フォースの一端に触れ、興奮気味のぼくと妻。
帰りの飛行機の中で。

 

ぼく 「いや、驚いた。フォースの威力はすごいな」

妻 「うん、やっぱりフォースだね。フォースを使わなくちゃだめだ」

ぼく 「だが失敗も多かった。もっとフォースを磨こう。おれたちはまだまだだ」

妻 「そうね。ダークサイド(=スレ。フライが魚のヒレなどにひっかかってしまうこと)には注意しなくちゃいけないけど、正しくフォースを使えば、もっとうまくいくよ。がんばろう!」

 

あとで気づいたんだけど、テンション上がっててちょっと声が高かったかもしれない。

まわりの席で聞こえてた人は、何だと思っただろう?

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2011.09.19

土より始めよ

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これ、ぼくの目下の主食。
うちのあたりではタマネギと呼ばれている野菜の一種だ。

 

作ったのは義母上。
もともと土いじりの好きな人で、鉢植えなんかを綺麗に咲かせるのが上手だったが、パートを引退してから野菜を作り始めた。タマネギ、大根、じゃがいも、大豆、ゴーヤにインゲン、トマトにカボチャ。ナス、にんじん、トウモロコシ、スイカ、ブロッコリ、葉物もあれこれ。これがまあ立派なもので、新鮮だからなのかほかに理由があるのか、風味が濃い。ミニトマトなんかちょっと皮は固いけど、そのままボリボリ食うと血の中にトマトのエキスが流れこむような気がして止まらなくなる。

 

中でもいっぱい作ったのがタマネギで、我が家もおこぼれにあずかった。ハンバーグとかオムレツとかじゃ使い切れないので、タマネギメインのレシピをいろいろと試し、最近気に入っているのがざくざく厚切りにしてオリーブオイルをかけ回し、岩塩を振ってレンジで5分くらいというやつ。簡単だしオリーブオイルのせいでそれなりにボリュームが出て、食った感がある。でかいのをひとつ食うとそれで結構満足してしまうので、最近は毎日タマネギを1つずつ食って暮らしている。減量中の力石徹の夕食はりんごがひとつ。ぼくの夕食はタマネギひとつ。なんか切なく聞こえるけど、当人はけっこう満足している。タマネギうまい。

 

生産者が気安いせいで、一つ要望を出させていただいた。

 

辛い大根おろしが食べたい。辛い大根で、しらすおろしご飯が食べたい。
ぼくが子どもの頃に食べた大根おろしは、辛かった。大人の食べ物だった。あれを泣かずに食べられたら、大人への階梯をひとつ上がることになるのだと、ぼくは信じていた。
最近スーパーや八百屋で売っている大根は甘い。おでんやふろふきにするとうまいが、大根おろしは水っぽくて食った気がしない。小さい辛味大根は妙に高いし、やっぱりなんか違う。子どもの頃に憧れた、あの大根が食いたい。
で、しばらくして我が家にやってきた大根は、辛かった。ぼくはその大根を崇め、慈しみ、抱いて寝た。しらすおろしご飯は辛かった。ぼくはやっぱり泣いた。

 

義母上ならぼくの夢をかなえてくれるかもしれない。

 

うまい沢庵が食べたい。うまい沢庵をもう何十年も食べてない。
スーパーでも売っているけれど、あれ、なんだか甘くてベタベタしてて気持ち悪い。沢庵ってああいう食い物じゃない。もっとぶっきらぼうで、不器用で、まっすぐだ。健さんみたいな食い物だ。健さんみたいな沢庵が食いたい。
そう思ったぼくは、かつて自分でぬか床を手に入れようと思った。でもぬか床ってなんだかわからないので、インスタントぬか床というのを買ってきた。取扱説明書を読んで、干した大根は手に入らなかったので、きゅうりとかナスを入れてみた。出来上がったのはスーパーの漬物だった。

 

実は義母上は漬物名人である。
しかもその技は封印されているらしい。

 

かつて、自分で作った漬物が旨すぎて食い過ぎで何度も腹をこわし、義母上の母上、つまり義祖母上に叱られたらしい。

 

封印されしその技。
可愛い義理息子のために、復活してはいただけまいか。
いや、可愛くなくてもいいから。
ほら、うまいつけもの、食いたいでしょ。義母上も。ね。ほらほら。

 

妻に聞くと、義母上は先日、沢庵用の大根の種を手に入れたらしい。
そこからですか。
さすがは禁呪。
禁じられし魔性の技が、いま蘇ろうとしている。

 

この冬、ぼくは泣きながら沢庵を抱いて寝る。

 

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2011.09.04

夏の終わり

 

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 ともに一夏を駆け抜けたおんぼろのウェーディングシューズ(川の中をじゃぶじゃぶ歩くための靴)。主観的には修理しようとしたつもりだが、客観的にはむしろおんぼろ具合が進行したため、洗ってウッドデッキに干しておいたらセミが利用したらしい。中身はどこに飛んでいったか知らないが、ぼくらよりさらに短いセミの夏。楽しくやってくれたらいいなと思う。

 楽しみも多かったが、心配事も多い夏だった。妻が足を痛めたり、犬が手術をしたり。幸いどちらも心配はないようで、ほっと一息つきつつ、往く夏を見送る。

 普通の日々が、普通に続くことって、本当に大切なことだ。普通に暮らしているとよくわからないのだけれど。けんめいに、普通に暮らそうと思う。

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2011.08.02

自己研鑽の時間

妻がスポーツジムに通いだした。

 

 

週に何日か、仕事が終わってから、自宅近くのジムに寄って、何キロも走ったり、自転車をこいだりしているらしい。受験する高校を選ぶとき、候補にしてた高校のどっちもマラソン大会があることを知って、マラソンの距離が短いほうを選んだぼくには信じられない話だ。

 

そもそもスポーツが健康によいというのは錯覚だと思うが、自らを高めようとする心意気は見習わなくてはならない。ジムに行こうとは思わないが、妻が頑張っている数時間、ぼくも自己研鑽に励むべきではないだろうか。


さて、何をしようか。



森永の「れん乳氷」をボリボリ食いながら考える。妻がいないからちゃんとした食事を作る必要はない。昼飯のチャーハンが妙に脂っこくて胃にもたれるからちょうどいい。今日は夕飯抜きにしよう。そうと決まればれん乳氷をもう一つ食おう。飯抜きだからこのくらいはいいだろう。たまに食うと旨いなこれ。



やっぱりここはなんか勉強するところだな。月並みだが英語かな。近所で教えてくれるところがないか、ネットで調べてみよう。
冷蔵庫からコーラを出すときに、ちょっと残った生ハムを見つけた。傷んでしまうから食っちゃおう。


・・・ふむ。どこも結構高いな。時間もいまいち合わない。ジムはその日の都合で好きな時間に始められるが、講習はそういうわけにはいかないからな。うまい方法はないだろうか。


冷蔵庫に飲み物を出しにいったら、温泉卵が1つだけ残っているのをみつけた。いかんもう賞味期限が近い。食べてしまおう。


あ、温泉卵の隣に、義母上にもらった茄子があった。自分で畑で作った茄子で、焼いて食べなさいとくれたんだった。忘れてた。せっかくもらったんだから、新鮮なうちに食ったほうがいい。三本出してグリルで焼いてみる。
いい匂いしてきた。だし醤油としょうがも見つけた。うん、旨いな。でも焼き茄子って皮剥きにくいなあ。ヘタに剥くと食うところなくなっちゃうし、手を使うと汚れるし。


まあいいや、焼き茄子の皮のむき方はまた考えるとして、いまは自己研鑽だ。残った茄子を冷蔵庫に・・・

北海道で買ったプリンがある。これも賞味期限があるから、食っちゃおう。

 

・・・・

 

 

・・・妻がジムから帰ってきた。
今日は4km走り、1.6km分階段を登って、筋トレしてストレッチしてきたのだそうだ。

 

 

ぼくはその間、つまみ食いをしていた。

 

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2011.07.09

リールがふたつ

釣りに行こうとして奥さんに叱られる、という話はよく聞く。

 

出張だ、と嘘ついて釣りに来る人を知っているし(ばれてるに決まっていると思うが)、釣りのしすぎで離婚された、という人も知っている(釣りのせいだけじゃないと思うが)。
あるフライショップの店員も、釣りで奥さんに叱られるらしい。彼の場合は仕事のうちだろうと思うが、駄目なんだそうだ。接待だ、と飲みに行っても叱られるサラリーマンみたいなものなのかな。
いずれにしても、奥さんに釣りを認めてもらうのはたいへんなのだ。

 

その点、ぼくは恵まれている。妻もフライフィッシャーだからだ。
釣りに行っても叱られない。置いていくと叱られるかもしれない。
妻がフライを作ってくれる。
ボロボロのリールをいい加減買い替えなさい、と叱られる。

 

信じられないかもしれないが、本当だ。
釣り友たちよ、いいだろう。
悔しいか。
わっはっは。

 

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道具にはこだわらないたちだが、これはかっこいい。
もちろんかっこだけじゃなく、ドラグのかかり具合なんかも好みで、あと丈夫この上ない、というのも気に入った。
型落ちだったので、値段もまあまあだった。

 

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同じのがふたつ。
おお、予備まで。
なんとよくできた妻だろう。

 

違います。

 

ふたつ目は妻の分。
見ているうちに自分も欲しくなったらしい。

 

妻はぼくに何か買ってくれるとき、自分も欲しくなって、衝動買いすることがよくあるのだ。
結婚前、結納返しに腕時計買ってくれるというのでついてったら、自分の分も買ってた。
そういや、妻の分はぼくが払った気がするぞ。

 

まあいいや。

 

さあ、来週は釣りだ。

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2011.02.01

あなたの英語の学習方法は間違えている

 我が家はぼくも妻も英語が話せない。特にぼくのほうは壊滅的で、英語を喋りそうなひとが向こうから来ると過敏性大腸症候群の発作を起こすほどだ。
 そのくせふたりとも仕事柄英語との接点がけっこう多い。妻なんかは毎日のように海外支社に電話をかけるらしい。いったいどうしているのかとおそるおそる聞いてみたら、日本語を話せる人が電話口に出るまで、「もしもし」を連呼し続けるのだそうだ。聞くんじゃなかった。

 

 というわけでふたりとも英語が使えるようになりたい。

 

 ぼくは中学高校大学と英語の授業は真面目に出てたし、成績だって特に悪くはなかった。会社でやってくれる英会話教室には何度も志願して、一日も欠かさず出席したし、補助金制度を利用して社外の英会話学校にも通った。通勤電車で英語教材を聞いたり、初心者向けの英語の本を何冊も一生懸命読んだりもした。「ルパン三世 カリオストロの城」の英語版(字幕入り)というのも買ってみたし、「ローマの休日」の英語シナリオを探しまわったりもした。にもかかわらずこのていたらく。
 単にバカなのか、英語の勉強の仕方が間違えているかのどっちかだ。
 もちろん、勉強の仕方に問題があるのだ。そうに違いない。

 

 思うに、もっと英語を使う環境に身を置くべきなのではなかろうか?
 昔、アメリカに一週間くらい出張したときに、このままずっと英語ばっかりの中にいたら、そのうち話せるようになるんじゃないかと思ったことがあった。そういや英会話学校も日本語禁止のところが多い。たぶん、覚えたばかりの単語を使ってみたり、意味が通じなかったら別の言い方を試してみたり、聞き返してみたり、そういう試行錯誤が必要なのだ。
 かといって、そういう環境を作るのは簡単ではない。英会話学校に寝泊りするのは難しいし、いきなり留学するわけにもいかないし、英語人の友達いないし。

 

 あ、そうだ。

 

 というわけで、我が家では英語で会話することになった。

 

夫「アイゲットクール(おれ、クールになったぜ!)※。アイウィルユーズディス(加湿器)。ホワット ドウ ユー シンク?(どう思う?)」

※本当はcatch a cold。風邪ひいたと言いたかった。

妻「イッツローン(よくない)。ハウス イズ ウォーターフル(家が水浸しになる=切り忘れて結露したことがあった)」

夫「アイル ユーズ タイマー。ワンナワー(タイマーを使う。一時間)」

妻「オーケー。アイアンダスタンド。ユー ゴーツーザベッド(あなたはベッドに行く)」

夫「命令形になってないぞ」

妻「ゴーツーザベッド。スーン。マスト(ベッドに行け。すぐ。帆柱)」

夫「シュア(わかった)」


夫「ホエアー イズ マイマウス?(私のねずみはどこか?)タッチパッド イズ ドントウォーク(タッチパッドが歩かない)」

妻「ホワット イズ タッチパッド?(タッチパッドって何?)」

夫「イッツ ポインティングデバイス(タッチングデバイスである)。オンミニパソコン(小さいパソコンの上)」

妻「ホワット?」

夫「あー、ノートパソコン」

妻「オー、アイ アンダスタンド(理解した)」

夫「ホエアー イズ マイマウス?」

妻「アイドントノー」


夫「ホワット ドウ ユー セイ"ハナミズ"イン イングリッシュ?(鼻水って英語でなんて言うの?)」

妻「あー、フラワーウォーター」

夫「アイ ハブ フラワーウォーター ソーマッチ」

妻「イッツビューティフル」

 

 なんだ。スムーズとは言えないかもしれないが、われわれはちゃんと英語で意思を疎通しているではないか。英語が使えないと思っていたのは思い過ごしだったようだ。これからは胸をはってこう言おう。

 

 「英語ですか? まあ日常会話くらいなら」

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